歴史と文化・巡礼の旅日記

歴史と文化を訪ねる紀行ブログです。

ローマ芸術巡り④【システィーナ礼拝堂、サン・ピエトロ大聖堂】

イタリア・ローマの旅行記です。

システィーナ礼拝堂

ヴァチカン美術館を見学して、最後に最大の山場を迎えます。

f:id:mejirorock:20211213121947j:plainそれはもちろんシスティーナ礼拝堂。

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ミケランジェロらの名画に囲まれた永遠の聖地です。1477年から1480年にかけて教皇シクストゥス四世の命令で建てられました。システィーナの名も教皇の名に因んでいます。

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システィーナ礼拝堂はローマ教皇を選出する選挙(コンクラーヴェ)が行われる場所としても知られています。コンクラーヴェの時は世界中から枢機卿がここに集まり、礼拝堂には鍵がかけられます。

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残念ながら内部は撮影禁止なので、目に焼き付けておきます。システィーナ礼拝堂は1980年から20年かけて日本テレビの資金提供による大修復を行っており、日テレが色々権利を持ってるそうなんです。その関係で撮影はダメらしい。日本人が絡むと何でも撮影禁止になるんですね。知らないで撮影してると、「NoPhoto!」とか注意されるみたい。20メートルの天井画があるので、双眼鏡がある人は持っていくと細かなところも見れるかも。礼拝堂内部や絵画の写真はwikipediaからの引用画像です。

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wikiからの引用

https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/6b/Sistine_Chapel_North_and_East_Walls.jpg

 

ミケランジェロの「天井画」

ミケランジェロが描いた天井画から見ていきます。ローマ教皇ユリウス二世の注文で、1508年から1512年にかけて描かれました。旧約聖書をテーマにしています。

 

ミケランジェロ「光と闇の分離」

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この世の始まりです。「天地創造」の1日目に描かれた光と闇の分離を描いています。神は光を昼とし、闇を夜としました。

 

ミケランジェロ「大地と水の分離」

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「天地創造」の2日目。神は大空をつくって、空の上と下にある水を区別しました。

 

ミケランジェロ「太陽、月、植物の創造」

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「天地創造」の4日目に描かれた太陽と月の創造を描いています。右側の神は、右手で太陽を、左手で月を創造しています。左側は神が飛び去るところ。1枚の絵で時間の経過を表しているのです。

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ミケランジェロ「アダムの創造」

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天地創造の6日目に神が最初の人間・アダムに命を与えたところ。指と指のタッチは、映画「ET」にも引用された場面で、この天井画の中でも最も有名な場面です。

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ミケランジェロ「イヴの創造」

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アダムはエデンの園で何不自由ない生活を送っていましたが、楽園の動物たちはすべてつがいなのに、自分だけは「ぼっち」であったことが不満でした。神はアダムの願いを聞き入れ、アダムを眠らせた隙にあばら骨を1本取り出し、その骨で女性をつくったのです。その女性の名をイブ(エヴァ)といいます。

 

ミケランジェロ「原罪と楽園追放」

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左側はアダムとイブが、上半身が女の蛇(実はサタンの化身)にそそのかされ「禁断の知恵の実」を受け取ろうとするところ。右側は、神の言いつけをやぶったことにより「原罪」を背負った二人が楽園を追放されているところです。天使によって剣で追い立てられている二人の表情はけわしい。恥じらいを感じ、身体を隠すようになってしまってます。

 

ミケランジェロ「大洪水」

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神は地上に増え始めた人間が悪を行なっているのを見て心を痛め、大洪水で滅ぼそうと考えました。一番奥の教会みたいなのが、ノアの箱舟っぽい。この絵では人々が水に飲み込まれている場面でなく、山に這い登って助かろうとあがく姿を描いています。

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一部、漆喰ごと剥落した部分がありますね。18世紀に近隣の火薬庫が爆発した衝撃で、落下してしまったそうです。

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ミケランジェロ「ノアの燔祭」

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洪水が引いた後に、ノアが神への感謝の印として生贄を捧げている場面です。生贄の羊と牛が描かれていますね。生贄を押さえつけているのは、ノアの三人の息子です。

 

ミケランジェロ「ノアの泥酔」

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寝ているじいさんはノア。葡萄酒を飲みすぎて裸で眠ってしまいました。よくある酔っ払い。それを見て指差してわらっているのがノアの三男・ハムです。長男のセムと次男のヤフェトは心配してマントをかぶせようとしています。目覚めてから事の顛末を知って、怒ったノアは三男・ハムに「お前は子孫とともに呪われるがいい」と呪いをかけました。果たしてノアの子孫は、過酷な運命を生きることになるヘブライ(ユダヤ)人となりました。ここも剥落してますね。

 

これら中央部分を囲むように預言者や巫女12名の人物像が描かれています。

ミケランジェロ「預言者ヨナ」

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紀元前8世紀のユダ王国の預言者ヨナは、「神を信じないアッシリアの民を改心させよ」という神の命を「できっこないっす」と言って逃亡しました。神は激怒し、ヨナの乗った船を沈め、ヨナは魚に飲み込まれます。確かにヨナの横に大きな魚がいますね!魚の胃袋の中で反省したヨナは、アッシリアに赴き、人々の説得に成功しました。この大魚に飲み込まれるという展開は、「ピノキオ」に引用されています。

 

ミケランジェロ「デルフォイの巫女」

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最も美しく描かれた女性は、アポロン神殿でアポロンの神託を告げる巫女です。デルフォイの巫女の神託を聞くために、ギリシャ全土から人が集まったと言われます。

 

ミケランジェロ「エリュトイアの巫女」

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この巫女はミケランジェロ風マッスル美女に描かれてますね。女性を描くときでも男性モデルをつかっていたといいます。

 

ミケランジェロ「イニューディ」

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天井画のうち、5つの小画面の四隅を支える者としてミケランジェロが描いた20名の筋肉質の男性裸体像のうち、最も有名な男性像です。

 

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ミケランジェロは「自分は彫刻家だ」という自負があり、この仕事に乗り気ではなかったようです。独裁者ユリウス二世に命じられてしぶしぶ・・といった感じだったらしいですね。事実、一度仕事を放棄して脱走しています。四年にも及んだ作業をほぼ独力で行ったミケランジェロでしたが、苦痛に充ちた作業でした。20メートルの天井近くまで足場を組んで、立ったままのけぞるような姿勢で描いていたとか。絵の具は顔面に垂れるわ、腰は痛いわ、想像を絶しますね。見てるだけでも首が痛くなってきて、改めてミケランジェロの超人ぶりを実感しました。

 

壁面画

次は壁面画です。南北の壁面画は1481年から1482年にかけてシクストゥス四世の命で、フィレンツェの画家によって描かれています。南壁面には、旧約聖書に登場するヘブライ人の預言者・モーゼの物語が描かれています。

ボッティチェッリとその工房「モーゼの試練」

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古代エジプトではヘブライ人は奴隷にされて苦しんでいました。オレンジと緑の衣装の人は全てモーゼ。

「同胞のためにヘブライ人を虐待したエジプト人を殺す」

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「ミディアンという牧草地に逃亡する」

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「悪い羊飼いたちを追放する」

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「娘らの羊に井戸から汲んだ水を飲ませる」この娘たち、実にボッティチェリっぽいですね。

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「神の声を聞いてモーゼが靴を脱ぐ」

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「神の前にひざまずく」

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「神の声を聞いて、ヘブライの民を率いてエジプトを脱出する」というシーンが描かれます。モーゼ、大忙しだ。

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ペルジーノ「モーゼのエジプトへの旅」

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左側はエジプトに向かって歩き始めるモーゼ一行。モーゼの持つ杖が指導者となったことを意味しています。中央ではなぜか天使がモーゼの前に立ちふさがります。この天使は神とヘブライ人の契約の印として、モーゼの息子に割礼を施すように命じています。

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右側はモーゼの妻ジッポラが息子に割礼を施して、モーゼの命が助かる場面です。

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アレッサンドロ・ボッティチェリ「反逆者たちの懲罰」

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右側ではエジプトからの移民の反逆者たちが、モーゼに石を投げつけようとしています。この連中はモーゼだけが神に愛されてると嫉妬したんですね。それを後継者となるヨショアが必死に守ろうとします。

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左側では大地が裂け、反逆者たちがそこへ沈んでいく場面が描かれています。信ずる者の足の下には雲が浮かび、救われています。

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中央部分ではモーゼと、教皇の王冠をかぶった司祭のアロンによって追い払われる反逆者たちが描かれています。反逆者たちは見えない火で焼かれるように苦しんでいます。

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真ん中にはコンスタンティヌス帝の凱旋門が描かれていますね。コンスタンティヌスは初めてキリスト教を公認したローマ皇帝でした。

 

シニョレッリ「モーゼの遺言と死」

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右手前で杖を持ちながら聖なる書物を読み上げるのが120歳となったモーゼ。

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中央の裸の男は色々解釈があるようで、決定的なものは定まってないとか?

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左手前ではモーゼが後継者のヨショアに杖を渡し、後事を託している。

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中央奥はモーゼが神の導きで登山し、下山する姿。

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左奥はモーゼの臨終の場面。

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北祭壇では新約聖書の世界が描かれています。

ペルジーノとその弟子「キリストの洗礼」

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中央にはヨルダン川で洗礼者ヨハネによるイエス・キリストの洗礼が描かれている。イエスはこの時、30歳。洗礼者ヨハネはいわばキリストの先駆者のような存在でした。すると頭上に神が現れ、聖霊の鳩をつかわします。左側にも説教するヨハネ。右側には説教するイエスがえがかれている。豪華な衣装を着た人物たちは、おそらく実在の人物たちで、教会への寄進者たちと思われます。

 

ドメニコ・ギルランダイオ「最初の使徒たちのお召し」

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キリストが布教活動を開始、ガリラヤ湖畔で最初の弟子ペテロとアンデレを召し抱える場面です。黄金の服を着てるのがペテロです。奥ではイエスに従って漁師だったペテロとアンデレが漁をする様子が描かれます。イエスの言うとおりするとなぜか大漁。

 

アレッサンドロ・ボッティチェリ「キリストの三つの誘惑」

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洗礼を受けた後のキリストは荒野に赴き、40日間の断食生活に入りました。そのキリストをサタンが誘惑し、堕落させようとします。左奥が第一の誘惑で、「神の子なら、石をパンに変えてみせよ」とそそのかします。

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真ん中奥は第二の誘惑。サタンが「神の子なら、ここから飛び降りてみせよ」とそそのかす。

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右奥は第三の誘惑で、「私にひれ伏すならこの世の栄華をすべて与えよう」と誘惑する。そのすべてをイエスは論破しました。

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手前中央ではユダヤ教の儀式が行われているところです。モーゼの時代に定められた清めの儀式らしいです。中央で薪を運ぶ女性の隣にいる赤い枢機卿は、後のユリウス二世です。彼こそが、ミケランジェロにシスティーナ礼拝堂天井画を描かせた教皇です。

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コジモ・ロッセリ、ピエロ・デ・コジモ「山上の説教」

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山から下りたイエスは有名な「山上の垂訓」を説きます。「汝の敵を愛せよ」とか「右の頬を打たれたら左の頬も差し出さない」とか有名な言葉ですね。右手前では不治とされた癩病患者を癒すイエスの奇跡が描かれます。

 

ペルジーノ「ペテロに天国の鍵を渡すキリスト」

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ペテロの信仰告白の名場面です。背後の建物はコンクラーベ(教皇選挙)が行われる場所。ペテロはイエスに「あなたは神の子。メシアです」と告げると、イエスはペテロをほめ、天国の鍵を授けました。この鍵が絵画でペテロを見分ける目印になります。

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ちなみに前列左から四番目の財布を持った男がユダです。

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また前列右から五番目のカメラ目線の男が、作者のペルジーノ自身です。

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右後方ではユダヤ教パルサイ派の人々がイエスに投石し、迫害を始めています。

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コジモ・ロッセリ「最後の晩餐」

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レオナルドの決定作が出るまでは、「最後の晩餐」と言えばこの構図が定番だったようです。つまり一人ユダだけが反対側に座る構図。ユダの背中にはサタンが見えます。

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背後の窓にはこれからイエスがたどる運命が描かれます。一番左は「オリーブ山の祈り」で、イエスが神に苦悩を訴える話です。ただイエスが帰ってくると、弟子たちは呑気に爆睡していて落胆するという場面。

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中央はユダがイエスに接吻する場面です。接吻した人がイエスであるという合図で、これによってローマ兵たちがイエスを捕縛します。手前では弟子のペテロが敵の耳を斬り落としています。

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一番右は、イエスが鞭打ちされて、荊の冠を被せられ、ゴルゴダの丘で磔にされています。イエスは全人類の原罪を背負い、生贄となったのです。

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ミケランジェロ「最後の審判」

主祭壇背後の壁にミケランジェロ「最後の審判」があります。この大作はローマ教皇クレメンス七世と、後継のローマ教皇パウルス三世の命で、1533年から1541年にかけて描かれました。折りしもルターによる宗教改革の吹き荒れた時代。この作品はプロテスタントへのカウンターとして、バチカンの渾身の一撃となりました。

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この絵は400名以上の人物が描かれている大作です。中央では再臨したイエス・キリストが死者に裁きを下しており、向かって左側には天国へと昇天していく人々が、右側には地獄へと堕ちていく人々が描写されています。

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キリスト様はやたらマッチョですね。ラオコーンを意識していると言われます。キリストの隣には聖母もいます。ペテロやパウロたち聖人たちは雲の上に描かれますね。

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世界の終わりの時に、天使たちが吹くラッパで、人々は生き返ります。そしてキリストの審判によって、天国に行ける人と地獄に落ちる人が選り分けられるのです。

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救われる人々は画面の左側を上っていきます。

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また、キリストの右下には自身の生皮を持つ聖バルトロマイが描かれているが、この生皮はミケランジェロの自画像とされます。6年の歳月をかけた超大作にさしものミケランジェロ(当時60代)も精魂尽き果て、聖バルトロマイのような抜け殻になってしまったのでしょうか。

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画面の右側を落ちていく人々を待つのは、恐ろしい地獄絵図。

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このロバの耳で蛇が巻き付いてるおっさんは地獄の裁判官。ロバは愚か者の代名詞だし、巻き付いた蛇は男の局部に噛み付いています。この男にはモデルがいて、バチカンの儀典長でした。儀典長はミケランジェロの芸術を理解せず、「裸体像は下品だ」と批判しました。怒ったミケランジェロに報復として、嫌な役を割り当てられてしまったという話でした。

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儀典長は「あまりに酷い」と、教皇パウルス三世に抗議したのですが、教皇には「地獄はワシの管轄外だから」と冗談混じりに受け流されてしまったそうです。

 

システィーナ礼拝堂を有り難く堪能させていただきました。ちなみに↓の画像は「大塚国際美術館」のシスティーナ・ホールです。

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海外に出るのが難しい時期は大塚国際で堪能するのもいいかもです。

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ちなみにかつてシスティーナ礼拝堂壁画は長年の煤の影響で色褪せ、ほとんどモノクロームのようになっていました。また後世の修復によって、ミケランジェロのオリジナル部分が改変されたりもしていました。「最後の審判」のオリジナルではもともと人物は全裸で描かれていましたが、地獄の儀典長のように異論を唱える者がいて、人物に腰布が描き加えられたりしていたのです。

そこで1980年から地元修復チームと日本テレビによって修復作業が開始され、天井画は1989年に、そして1999年にすべてのフレスコ画が修復され、見事にルネッサンスの色彩が復活したのでした。また腰布問題では、1500年代にダニエレ・ヴォルテッラら弟子に描き加えられたものは歴史的価値を尊重して残しましたが、1800年代にさらに加えられた腰布については消されることになりました。地獄の儀典長の局部に蛇が噛みついていることも、実はこの時に明らかになったのです。

 

サン・ピエトロ大聖堂

世界最小の国・バチカン市国南東端にあるカトリックの総本山です。

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サン・ピエトロ大聖堂はもともと使徒ペテロが磔刑に処されたとされる場所に建てられました。ペテロの墓所を祀る聖堂とされ、キリスト教の教会建築としては世界最大級の大きさを誇ります。

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高さ約120m、最大幅約156m、長さ211.5m。

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創建は四世紀で、現在の聖堂は二代目にあたり、1626年に完成したものです。

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さっそく入場していきます。身廊の長さは約186mもあります。宗教施設のため、ノースリーブなど肌の露出した服装だと入場を断られる場合があります。

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ここは見どころたくさんです。まずカーテンの向こうはミケランジェロ「ピエタ像」です。

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ミケランジェロ「ピエタ像」

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イエスの亡骸を抱く聖母の像です。このマリアは少女のような愛らしい顔で純潔さを表現しています。作者は20代の若きミケランジェロ。天才の出現を知らしめた記念碑的作品です。

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「聖ペテロ像」

聖ペテロはキリストの一番弟子で、初代ローマ教皇とされる人物です。足に触るとご利益があるようで、両足ともかなりすり減っているみたいですね。

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見上げるとミケランジェロ設計のクーポラがあります。

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高さは約138mクーポラの中心部には、天使に囲まれた神の姿が描かれています。「最後の審判」をつくり上げた70代のミケランジェロに、またしても大仕事が舞い込んできました。それがこの大聖堂の設計でした。ミケランジェロは最後の力を振り絞って、この大事業に打ち込みます。しかしこのクーポラが完成したのは、ミケランジェロの死後、30年あまり経ってからでした。

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ベルニーニ「大天蓋」

クーポラの真下には、ベルニーニ作のブロンズの大天蓋があります。

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ブロンズ製の4本の柱は、ねじれるようにからみつくデザインです。天蓋の真下には、聖ペテロの墓があります。

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聖堂の一番奥の「後陣」の中央に、ベルニーニが装飾をした「聖ペテロの椅子」があります。教皇だけが腰掛けることができる聖なる椅子だそうです。

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ラファエロ「キリストの変容」(複製)

オリジナルはヴァチカン美術館のピナコテーカにあります。

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ラファエロ、ミケランジェロ、ベルニーニ・・・ルネッサンスからバロックまで天才たちの総力を結集して造られた美の殿堂がバチカンなのです。

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ベルニーニ「教皇アレクサンデル七世の墓碑」

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ベルニーニの晩年のパトロンとなった教皇でした。

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アレッサンドロ・アルガルディ「レオ十一世の墓碑」

メディチ家から選出された教皇ですが、教皇となって一月足らずで死去してしまいました。教皇の選出要素として、高齢や健康問題を抱えていて長期政権にならない人の方が選ばれやすいそうですが、ちょっと短すぎですね。

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さまざまな聖人像があることからも、カトリックの多神教的性格がよく分かりますね。本来、多神教文明のローマ帝国や北方に布教するために、自然と多神教化していったのでしょうか。

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クーポラ

この後、クーポラに登りたいと思います。クーポラの入口は大聖堂の右横にあります。緑の案内図に従っていけば分かります。

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エレベーターで途中まで行くことができます。エレベーターと階段では入場料が違います。

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エレベーター付で10ユーロでした。

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ただしエレベーターの場合でも途中のテラスまでしか行ってくれないので、残り320段の階段を上がらないといけないのですが。ここがテラスでクーポラが見えます。

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聖堂内部がよく見えます。

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クーポラ内部もよく見えます。実に美しい。

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モザイクも間近で見れました。

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なんか可愛げない子だね笑

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29メートルの大天蓋を見下ろせます。

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さあ登っていきます。ここから92メートル登ることになります。

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着きました!

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サン・ピエトロ広場です。ベルニーニの設計です。

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この美しい光景を見ないとヴァチカンに来たって感じがしませんね。

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見下ろすと高所恐怖症としてはちょっと怖いけど。ヴァチカン庭園の「教皇の紋章」が見えますね。

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サンタンジェロ城とテヴェレ川が見えます。

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左手がヴァチカン美術館です。

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システィーナ礼拝堂の外観は地味ですね。

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上りと下りの階段は別でした。

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サン・ピエトロ広場

 これがサン・ピエトロ大聖堂の外観です。

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ファサードにはキリストと洗礼者ヨハネ、ペトロ以外の11人の使徒の像が並んでいます。

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サン・ピエトロ大聖堂の正面にはサン・ピエトロ広場が広がります。幅240メートルもある巨大な楕円形の広場です。

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コンクラーベで新しいローマ教皇が選出された際には、ファサード中央のバルコニーで発表されます。

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聖ペテロの像です。

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バチカン名物スイス人傭兵を見れました!スイスさん、なんか笑顔ですね。「ぷっ、あいつったらあの時・・」とか思い出し笑いしてる感じ?バチカン兵は身長174cm以上、独身の男性という条件があるそうです。

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サン・ピエトロ広場はジャン・ロレンツォ・ベルニーニの設計により、1656〜67年に建設されました。

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20万人も集まれるそうです。

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これは1世紀にエジプトから贈られたオベリスクです。当時はネロ皇帝の競技場に置かれ、ペテロが磔刑に処された時に現場に存在していたと言われます。

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広場はドーリア式円柱と140体の聖人像に囲まれています。

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